猫の感染症の中には、細菌やウイルスなどさまざまな微生物による感染症がありますが、その中に、「クリプトコッカス症」と呼ばれる感染症があります。猫エイズや猫クラミジアのような有名な感染症に比べると、あまり聞きなれない病名かもしれません。
しかし、このクリプトコッカス症、実は感染すると診断だけでなく、その治療も非常に厄介なため注意が必要です。
そこで今回は、猫のクリプトコッカス症について解説いたします。
■クリプトコッカス症はカビによる病気

猫のクリプトコッカス症は、クリプトコッカス(Cryptococcus)属というカビ(真菌)に感染することで引き起こされる病気です。
クリプトコッカスは、一般的には鳥のフンや木の幹に生息していて、猫がそういったものに触れることで感染すると考えられています。その多くは、クリプトコッカスを口や鼻から吸い込んでしまうことによって感染するタイプと、猫の傷口からクリプトコッカスが侵入して感染するタイプがあります。
しかし、実は健康な猫からもクリプトコッカスが見つかることがあります。元々、猫に限らず動物の体には全く害のない細菌やカビがある程度住み着いていて、常在菌と呼ばれています。クリプトコッカスもおそらく常在菌で、元気な猫ではクリプトコッカスが体内にいても、ほとんど問題にはならないと考えられています。
これはどういうことかと言うと、病気として発症するとき、クリプトコッカスだけが悪者なのではなく、実は猫の免疫力が低下してしまうことによって、クリプトコッカス症が発症してしまうそうです。
たとえば、猫白血病ウイルスや猫免疫不全ウイルス(猫エイズ)に感染して、免疫力が下がってしまっている猫は、クリプトコッカス症を発症しやすくなります。また、抗がん剤や免疫抑制剤などの薬を使っていると、やはり免疫力が下がってしまうため、同じようにクリプトコッカス症になりやすいと考えられています。
ちなみに、免疫力が下がると、クリプトコッカス以外にも様々な細菌や真菌による感染症が発症しやすくなります。このように、免疫力が下がってしまうことで感染症にかかることを「日和見感染」といい、クリプトコッカス症も日和見感染の一つと言われています。
ただし、クリプトコッカス症の中には、日和見感染ではなくクリプトコッカス自体が原因で発症するケースもあるため、一見元気な猫ちゃんも注意が必要です。
■症状は感染する部位によって違う

・目
瞳孔が大きくなったり(瞳孔散大)、目の中の前部ぶどう膜という場所に炎症を起こし、涙や目の痛み、角膜炎、緑内障など、さまざまな症状が見られたりするようになります。また、眼球の奥にある網膜の炎症が見られることもあり、その場合は視力がなくなってしまうこともあります。
・鼻
猫のクリプトコッカス症は、鼻から感染することが多く、鼻の周りが腫れたり、くしゃみや鼻水が見られたりするようになります。
・皮膚
体のあちこちに皮膚病や、発作や麻痺などの神経症状が見られることもあります。
■見た目で判断はNG!診断が難しい病気

このように、クリプトコッカス症は目の症状だけでもさまざまですが、実は目だけに症状が見られることは稀で、ほとんどがそのほかの症状を伴っています。
ただし、これらの症状のほとんどが、クリプトコッカス症特有の症状ではなく、さまざまな病気で見られる一般的な症状です。見た目の症状だけでクリプトコッカス症を診断するのは非常に危険で、誤診につながる可能性があります。そのため、クリプトコッカス症の診断は、顕微鏡検査や培養検査など、しっかりとした検査を行うことが重要です。
さらには、上述の日和見感染の場合、免疫力が下がってしまった原因を調べることも重要です。クリプトコッカスに限らず、カビの感染は非常に強力で、単純な治療だけで完治することはあまりなく、少しでも治療効果を高めるためには、猫自身の免疫力を高めることも重要です。そのため、免疫力を下げてしまう病気についても、きちんと診断する必要があります。
■治療は1年以上かかることも

一般的にカビによる感染は、その治療が非常に難しく、数ヶ月から1年以上の治療期間が必要だと言われています。
治療としては、直接クリプトコッカスを叩くための抗真菌薬という薬を使用します。抗真菌薬は、さまざまな種類があり、クリプトコッカス症の症状に合わせて使い分けます。しかし、いずれも副作用のリスクがあるため、獣医師の診察のもと慎重に使用する必要があります。
また、筆者の病院では、猫の免疫力を高めるようなサプリメントなども、補助的なケアとしておすすめしています。
■高齢者や乳幼児、病気治療中の方は要注意

猫のクリプトコッカス症は、種類によっては人にも感染することが知られています。そのため、クリプトコッカス症になった猫をケアするときには、飼い主の方はマスクや手袋を着用し、特に鼻水や排泄物など、クリプトコッカスが多量に存在するものに触れる時は、十分な注意が必要です。
また、猫と同じく、免疫力の低い人には感染リスクがありますので、高齢者や乳幼児、病気治療中の方は、感染している猫との接触は避けるようにしましょう。
今のところ、猫のクリプトコッカス症を確実に予防できる方法はありません。したがって、感染源となるような鳥のフンや樹木などに近づかないようにすることが重要です。やはり、完全室内飼育が良いと思われます。室内飼育は感染症の予防だけでなく、交通事故の防止にも有効ですので、お家の中で十分な運動を確保できるように工夫をしながら、取り組んであげてください。
また、少しでもリスクを知るために、猫白血病ウイルスや猫エイズの検査を受けたり、定期的な健康診断で、猫の日常の健康状態を把握したりすることもおすすめです。
猫のクリプトコッカス症は、日和見感染が多く、その症状は眼に限らず、全身的にさまざまなところに見られます。そのため、ほかの病気が隠れていないかをチェックすることも重要です。また、治療にも数ヶ月から1年以上かかるケースもある非常に厄介な感染症です。
なかなか有効な予防方法はありませんが、衛生管理をしっかり行い、リスクの高い外には出さないようにしましょう。
また、クリプトコッカス症の中には、人に感染するタイプもありますので、飼い主の方やご家族も、しっかりと感染予防対策をすることが重要です。
※ 本サイトにおける獣医師および各専門家による情報提供は、診断行為や治療に代わるものではなく、正確性や有効性を保証するものでもありません。また、獣医学の進歩により、常に最新の情報とは限りません。個別の症状について診断・治療を求める場合は、獣医師や各専門家より適切な診断と治療を受けてください。
【参考】
※ 小山 秀一・辻本 元『犬と猫の治療ガイド 2012―私はこうしている』(2012)インターズー刊
※ 辻田 裕規・寺門 邦彦・余戸 拓也『カラーアトラス よくみる眼疾患58』(2014)インターズー刊
【画像】
※ Guillermo Lizondo Esteve,angellodeco,PixieMe,Esin Deniz,Anna Nikonorova,Sherry Yates Young / Shutterstock
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